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- 2024/12/27(金) 23:05:02|
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ドアの向こうから二人分の声が漏れ聞こえてくる。
二人分とはいっても、片方が一方的に話し続け、もう一人は時折相づちを打ったり小さな笑い声を上げたりしているだけだ。
菜園に寄ってから、海辺に『あらわれた』という少女の様子を見に来たのだけれど、まさか意識を取り戻しているとは思っていなかった。
いままでの例からいって、シロが呼びかけなければ『あらわれた』少女が覚醒することはないはずなのに。
ドアの向こうにいるのはヨウと、浜辺に『あらわれた』少女だろう。ドア越しでも、この島に暮らす少女の声ならすべて聞き分けられる。
なにかを熱心に喋り続けているのがヨウだ。指輪島ではなにもしなくても生きていける。逆に言えばなにもすることがないということだ。
そんな暮らしなのに、ヨウはとてもたのしげに話している。
「入っていいかしら」
控えめなノックではヨウの声で部屋の中では聞こえないと思っていたが、予想に反してすぐに返答が来た。
「どうぞ」
聞いたことのない声だった。静かな、湖の底の奔流のような声だと思った。
「はじめまして」
何度も練習した台詞のような流暢さで、少女はナチュラルさんに微笑みかけた。
「わたしはクレハといいます。どうぞよろしく」
波と陽の光に長い間晒されたからだろうか、肌も髪の毛も蜂蜜色に輝いている。
ただ、真っ向からナチュラルさんを見つめる瞳だけが、指輪島の中心にある湖を思わせる青だ。
「よろしく。わたしは――みんなからはナチュラルさんと呼ばれているわ。あなたもそう呼んで」
クレハはナチュラルさんの言葉に頷いて眼を細めた。
「シロはどこにいったの?」
窓辺に経ってカーテンにくるまって遊んでいるヨウに尋ねてみる。部屋の間取りも調度品もヒビキの部屋と寸分違わず同じものだ。クレハがこの部屋を長く使っているうちに少しずつ変わっていくのだろう。
「んー来てない」
「クレハは、いつ起きたの?」
いつもなら『あらわれた』少女を起こすのはシロの役目だったのだ。
「なんかいつの間にか起きてたみたいだよ。水あげて仲良くなった」
一体どういうことなのだなろう。ナチュラルさんはいままでこの島にはルールがあり、『あらわれた』少女を目覚めさせるのは、シロの役目なのだと思いこんでいた。
考え込むときの癖で片手を額にやろうとしたナチュラルさんは自分が片手にトマトの入った籠を抱えていることを思いだした。
「おぉ、トマト!」
カーテンの蓑虫とかしていたヨウが目を輝かせる。ヨウはナチュラルさんの菜園でとれたもの、特にトマトは大のお気に入りなのだ。館の見えざる使用人がどこからともなく盛ってくる料理と違って、必ずしもおいしいわけではないのがいいらしい。
「ね、ね。もらってもいい?」
「え――えぇ」
いつものことだけれど、乗り気になったときのヨウの勢いには思わず身を退いてしまう。
「クレハもどーぞ」
本人の返事も待たずにヨウはよく熟れたトマトを選んでクレハに押しつけた。クレハは目を丸くして真っ赤に熟したトマトを見つめた。
『あらわれた』少女は、暮らしていく上で必要な知識を持っていないことが多い。おそらく、トマトが食べられるものであるということを知らないのだろう。
ヨウはクレハに見本を見せるようにトマトにかぶりついた。ナチュラルさんとしてはそれがトマトの正式な食べ方だと思って欲しくないのだけれど。
クレハもおそるおそるといった感じでトマトをかじった。あまりに小さくかじったので、薄皮しか食べられなかったようだ。こんなものなのかと不思議そうな顔をしつつ、二口目はもう少し大胆にかじる。
「すっぱーい! ようやくだね」
そう叫んだのは、誰の声だったのだろう。