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- 2025/01/16(木) 11:33:20|
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クレハはナチュラルさんに連れられて菜園を訪れた。菜園は少女達の暮らす館から少し離れた日当たりのいい場所にある。四辺を生け垣で囲われた正方形の土地。
「あ、トマト!」
クレハは赤い果実を指でつついた。
午後の柔らかな陽の光にクレハの蜂蜜色の髪がゆれている。いつもは気になる青臭い植物の香りも、風に拭き流されていくようだ。
「これは摘まないの?」
「種を取らないといけないからね。残しておかないと」
トマトの実を指でつつきながらクレハは首を傾げる。
「その実からは種を取って、また蒔くのよ」
ナチュラルさんの説明が理解できないらしくクレハは首を傾げる。
「ナチュラルさんはなぜここを作ったの?」
初めて観る菜園に次々に疑問が湧いてくるらしく、クレハはトマトの葉を陽に透かしてみたり、軟らかな土の手のひらに握ってみたりと落ち着きがない。
「なぜ?」
ナチュラルさんはそんなこと考えたことがなかった。
ただ、指輪島には菜園がなかった。もしも、自分だけの菜園があったら素敵だなと思って、作った。それだけの話だ。
「なんとなく、なのかな」
「なんとなく……」
この島では衣食に困ることはない。クレハも指輪島にあらわれて数日のうちにそのことは納得したようだった。
「……見えざる住人が、いつか居なくなるかも知れないって、考えてるの?」
見えざる住人。少女達がなにもしなくても生きていける根拠。いつでも決まった時間に温かい食事が用意され、ほとんどの時間を自室で過ごすヒビキの部屋ですら、席を外したわずかな時間のうちに完璧に掃除される。
貴族のような生活だと思う。ナチュラルさんはできる限り自分の身の回りのことは自分でやるように心がけてはいる。けれども、それでも見えざる住人が居なくなってしまったとすればひと月も生きていけないだろう。
「どうしてそんな風に思うの?」
ナチュラルさんは、地面にしゃがみ込んでミミズを見つめているクレハの髪を撫でてやった。指輪島に『あらわれた』少女は、不安定になる。過去を持たず突然こんな場所に放り出されるのだ。
どんなにか心細いだろうか。
ナチュラルさんがこの指輪島に現れたのは、もうずいぶん昔のことだ。その当時のことは、もうすでに本の中の物語じみていて、心細かったという事実はどこか他人事のように感じられる。
母親というのはこんな気持ちで子供に触れるのだろうか。
「……ナチュラルさん。わたしも、はじめようと思う」
クレハは立ち上がって、自分の頭に載せられたナチュラルさんの手を両手に握りしめた。
「ねえ、私はナチュラルさんを助けるためにここに来たのかも知れない」
ナチュラルさんの硬い手のひらを、いまはまだ白くか細い指が包み込む。
「クレハ、あなたはまだこの島を知らないわ」
「苦しんでいる人がいるのに、放っておくことなんかできない……わたしたちは家族でしょう?」
それは館から菜園までの短い道の途中で、ナチュラルさんがクレハに語ってきかせたことだ。シロを初めとして、少女達全員にこの話はしてある。
なにがあってもわたしはあなた達を見捨てたりしない、と。
「ヨウもあなたのことを心配していた」
クレハは握りしめていたナチュラルさんの手を放すと、背中を向けて呟いた。
「どうして?」
「部屋で目をさましたときに、ヨウと話したの。あなたがこの菜園をなんでやっているのだろう、という話」
「……そう」
ナチュラルさんは、自分の顔を両手で撫でまわしてみた。いま自分の抱いている感情がわからない。胸がざわめく。嬉しいのか、恐ろしいのか。自分の浮かべている表情は、一体どんなものなのだろう。
「ナチュラルさん。わたしこの島のことをもっと知らなくちゃいけない!」
クレハはいつの間にか菜園の外に立って、ナチュラルさんに向かって手を振っていた。
午後の光の中にゆれる彼女は、陽炎のようだった。