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- 2024/12/29(日) 07:14:26|
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真っ白な部屋に、無数の淡い影が踊る。
なるべく濃い影を作り出さないように、たくさんの光源から投げかけられる光が、この部屋から現実感を損なわせる。
あの淡い影の踊りを見ていると、頭の芯がぼうっとしてきて、時間があっという間に過ぎてしまう。
「わからねぇなぁ」
センさんがなにもない天井を見上げて呟く。
「なんの話ですか?」
天井には、白い半透明の樹脂板が張り付けられている。9ミリパラペラムの弾丸なら防ぐことのできるくらいの強度があるらしい。
「女の話さ」
「あぁ、それは永遠の謎ですねぇ」
元々ぼくは、自分以外の人間の気持ちを理解しにくいという、器質的なハンデをもっている。
五歳の時にダンプカーにひかれ、その際に脳の感情を司る部分が傷ついてしまったのだそうだ。
ここは大量殺人者が収容される特殊施設だ。ひとつの国家でさばききれるものではなく、それで居てぼくたちをさばける権能を持った国際的な組織は存在しない。
モラトリアム的な収容なのだ。ぼくたちは、あくまでも普通の人間に収まる能力しか持たないけれども、それでも殺人者として大いに警戒されてこのような場所に閉じこめられている。
「女房からせっかく手紙が来たんだけどな……なんて書いてあるのかわからねぇんだよ」
「手紙?」
紙類は飲み込んで自殺する可能性があるために、ぼくたちの身の回りには置かれないものだと思いこんでいた。
そんな事情もあって、ぼくはすっかり驚いてしまった。他人の感情をはかれないぼくだが、自分の感情というのはちゃんとある。
「これなんだが、読んでくれないか?」
センさんは、桜色の便せんを懐から出すと、そっとぼくに差し出してきた。
恭しくそれを受け取ると、余計な折り目など付けぬように気をつけてそれをゆっくりと開く。
元々そういう紙なのか、それとも香水でも吹きつけたのか。
懐かしい桜の花の香りが仄かに広がる。
「――――ああ、これはぼくにも読めません」
人殺し以外知らない手なりに、なるべく丁寧に折りたたんだ便せんをセンさんに返す。
小さな嘘をついた。
ぼくには手紙に書かれた文章が読むことができた。いまのこの国の言葉だ。
かつての、本当のこの国の言葉はしようが固く禁じられている。センさんの奥さんは、どんな気持ちでかつて敵だった国の言葉で手紙を綴ったろうか。
人殺しとなることを決めたほんのわずかな時期のずれが、この言葉を解せるか否かをわけた。
ぼくたちの国が世界に挑み、敗れてから三年の月日が経った、春を目前に控えたある日のことだった。